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[圏外] 好きな作家アンケート

今日の読売新聞朝刊に、好きな作家アンケートが掲載されていた。
どうやら3年に1度実施しているらしいのだが、色々な意味ですごいランキングに。

01. 司馬遼太郎
02. 村上春樹
03. 東野圭吾
04. 松本清張
05. 宮部みゆき
06. 太宰治
07. 夏目漱石
07. 西村京太郎
09. 赤川次郎
10. 五木寛之
11. 藤沢周平
12. 吉川英治
13. 瀬戸内寂聴
13. 山崎豊子
13. 渡辺淳一
16. 向田邦子
16. 山本周五郎
18. 芥川龍之介
18. 池波正太郎
18. 伊坂幸太郎
18. 内田康夫
22. 井上靖
22. 川端康成

小島信夫は何位なんだろう。高橋源一郎は何位なんだろう。
車谷長吉は何位なんだろう。江戸川乱歩は何位なんだろう。
森敦は何位なんだろう。カフカは何位なんだろう。圏外万歳。

[新刊] 美濃(講談社文芸文庫)

傑作の誉れ高き「美濃」が、まさかまさかの文庫化。
http://www.bk1.jp/product/03172708

講談社文芸文庫。1,785円。発売は11月です。
同月には新潮文庫から「残光」も出ます。11月はコジノブ祭り!
ひょっとしてこれは確変入ってしまったのかもしれません。

管理人による「美濃」つれづれ感想文はこちら

[新刊] 残光(新潮文庫)

まさかの文庫化。
http://www.bk1.jp/product/03163615

新潮文庫。460円。発売は10月(※11月に変更になった模様→新潮社
文庫版の楽しみのひとつはやはり解説に尽きるのではないだろうか。
そこで、今回の執筆者を勝手に予想してみる(◎本命 ○対抗 ×大穴)

+ + + + +

◎保坂和志
小島信夫との親交は言わずと知れたところ。
「残光」の作中にも登場するキーパーソン。やはり本命か。

○坪内祐三
名著「『別れる理由』が気になって」の著者。
講談社文芸文庫「対談 文学と人生」の解説を書いた実績もあり、有力。

○磯崎憲一郎
先日の芥川賞受賞スピーチで小島信夫への敬愛を表明。
知名度的にはやや不安もあるが話題性は十分。有力対抗候補。

○堀江敏幸
同郷・岐阜つながり。小島文学賞選考委員も務める。
昨年、岐阜県図書館で開催された小島信夫展にて講演

×茂木健一郎
脳科学者。小島信夫フリークとしても有名である。
「残光」単行本発売時の書評あり。文庫版での再指名はあるか。大穴。

×ノジマコブオ
当ブログ「小島信夫が気になって」管理人。
本当に「小島信夫が気になって」いるだけの一般人。大穴中の大穴。

[復刊] 筑摩書房「現代日本文学大系」全97巻

現代日本文学大系90

筑摩書房の「現代日本文学大系」が限定復刊される。セット価格は税込611,100円。単品販売もあるが、純文学フリークとしてはやはり全巻セットで欲しい。だがしかし。欲しいけど高すぎる。高すぎるし置き場所がない。置き場所がないし読む時間がない。

小島信夫の作品は第90巻「島尾敏雄 小島信夫 安岡章太郎 吉行淳之介集」に収められている。以前ブックオフで購入した初版本を確認すると、収録作は「小銃」「吃音学院」「殉教」「馬」「アメリカン・スクール」「十字街頭」「返照」の7編。このうち、現在流通している講談社文芸文庫と新潮文庫を併せても読むことのできないものは、「十字街頭」と「返照」の2編である。

[発言] 磯崎憲一郎のあがりはな

1日数名、多いときでも20名弱の訪問者しかなく、広漠としたインターネットの片隅で身をひそめるように呼吸している拙ブログだが、昨晩から今日にかけてアクセス急増。「すわ、小島信夫ブーム到来か!?」と思ったのだが、どうやら芥川賞を受賞した磯崎憲一郎氏が、昨日の記者会見で小島信夫の名前を挙げたことが影響しているようだ。

:: 芥川賞に磯崎憲一郎さん、直木賞は北村薫さん(YOMIURI ONLINE)
:: 「90歳まで書きたい」芥川賞作家は現役商社マン(Yahoo!ニュース)

「受賞で小説家として書く場を与えていただけたと思う。これが大きな意味を持つ。目標は一生書き続けること。(敬愛する作家)小島信夫さんのように90歳まで書きたい」

[新刊] 未完の小島信夫 - 続報

未完の小島信夫

当初は6月下旬の配本が予定されていた「未完の小島信夫」だが、いよいよタイトルから"仮"も外れ、満を持して7月11日頃に発売されるようである(情報元:水声社blog

中村邦生+千石英世
「未完の小島信夫」
四六判296頁/定価=2500円+税
ISBN978-4-89176-736-5 C0095
装幀=宗利淳一

小島文学は、いつも新しい。
なぜ、いまなお私たちは小島信夫に魅了されるのか?
作家と評論家が縦横に語りつくす等身大の魅力とその実像。

*小島信夫との発掘対談も併録!

still alive=未完。禍々しい表紙が素晴らしい。屹立する鉄塔、頭上に張り巡らされた送電線、なにものかを見つめる小島信夫の眼差し、側頭部・・・。心がざわざわしてくるではないか。未公開対談も貴重なアーカイブとなるだろう。

[新刊] 未完の小島信夫

先月末に開設された水声社blogによると、6月下旬に小島信夫関連の新刊が出る。

中村邦生+千石英世
『未完の小島信夫』(仮)
四六判上製296頁/定価=2500円+税
ISBN 978-4-89176-736-5 C0095

同社から一昨年に刊行された小島信夫「小説の楽しみ」「書簡文学論」の企画・構成を担当された両氏による共著。図書新聞に掲載された対談も収録されるのだろうか。既刊情報となるが、今年4月には御大・坂内正氏による評論「小島信夫―性 その深層と日常」(近代文芸社)も発売されている。「未完の小島信夫」も「性 その深層と日常」も読んでみたいとは思うのだが、いかんせん価格が高いので二の足を踏むことになる。

[品切] 1Q84

村上春樹の7年ぶりの長編小説「1Q84」が爆発的に売れているらしい。

新宿の紀伊国屋書店では完売。池袋のリブロでは第1巻が売り切れ、第2巻は人目を避けるように平台の隅に何冊か積まれているのみ。「ハルキの新作?どうせ途方もない部数が売れるんだろうからイニシャル入荷数も多いんでしょ?山積み山積み、いつでも買える買える」と余裕に構えていたらこのザマである。完全に油断した。たしかに村上春樹の小説は面白い。大好きだ。しかし彼の作品は本質的に<売れる小説>ではないと思うのだが、おそらくそれは初版を買いそびれた僕の負け惜しみである。

というわけで、傷心の僕はいま小島信夫「演劇の一場面」と、坪内祐三「『別れる理由』が気になって」を読んでいる。社会党の牛歩戦術なみのスピードで読んでいる。

[岐阜] 小島信夫展と堀江敏幸講演会

東京から高速バスに乗り、岐阜県図書館にて開催中の小島信夫展に行ってきた。

同じ岐阜出身の作家、堀江敏幸氏による講演「小島信夫の作風について」に参加。それにしても会場である多目的ホール内が寒すぎる。極寒である。まずは青木健氏が本日の講演者である堀江氏を紹介する。雑誌で実現した小島×堀江対談では、岐阜市出身の小島信夫が西濃代表で、多治見市出身の堀江敏幸が東濃代表といった様相だったらしい。また、生前の小島氏は堀江氏の作品が各文学賞を受賞するたびに「あの人は"賞男"だね」と嬉しそうな顔で話していたそうだ。原稿を用意してしゃべることに対しての違和感を宣言することから講演はスタート。「何を話そうかあらかじめ考えておくということは、ある意味小島さんに対する裏切りでもある。思いつくままに話し続ければ、いずれ『小島信夫の作風について』というテーマに繋がっていくかもしれません」。そう堀江氏は静かな口調で話す。

明大理工学部の教員時代のエピソードと小島組の存在。その小島組の中にかつて「小島さんは雑談できない人だ」と語った人がいたらしい。つまり、会うとすぐに文学の話をする人だった、と。小島さんの話を聞いただけで、まるで自分が小説を書いた気になってしまう。そう思わせる不思議な力があるのだという。また、堀江氏は自ら「小説家」という肩書きを名乗ったことがないらしい。「作家」という言葉との違いについては詳しく語られなかったが、自分は広義の「物書き」であるという認識だろうか。小島信夫のように本質的な「小説家」を前にして生まれた、ある種の謙虚さのような感情がそこには含まれているのかもしれない。

芥川賞の話題へ。僕は知らなかったのだが、芥川賞候補にノミネートされる段階で、作家本人に「候補にしますがよろしいでしょうか」と確認の連絡が来るのだという。堀江氏は「熊の敷石」で第124回芥川賞を受賞したわけだが、岐阜出身者では小島信夫「アメリカン・スクール」以来、40数年ぶりの快挙だったそうで、その件について小島氏のもとにも取材が舞い込み「ご迷惑をおかけした」と堀江氏は述懐する。そして芥川賞受賞記念パーティーに御大・小島信夫が出席するということになったのだが、そのとき5分程度、立ち話をしたのが堀江×小島の初対面であった。小島氏は壇上で多治見のうどん屋がいかに卑劣で不親切かという話を延々と30分以上語り続け「そんな多治見出身の堀江さんはとても良い人である」と結んだ。このスピーチの場面は小島信夫晩年の名作「各務原・名古屋・国立」にも登場するのだが、堀江氏はてっきり録音したテープから文字起こしして引用するのだろうと思っていたらしく、実際に掲載されたものを読んでみると、書いてあることが実際と全然違う。しゃべっていないことも書いてある。これはいったいどういうことなのか。しかし、動揺する堀江氏の一枚上手を行く小島氏は、なんとその小説の中で長々と引用したスピーチの内容について「虚構化」を宣言してしまう。これらのあらましについては、「水声通信 -小島信夫を再読する-」に堀江氏が寄せた論文の中でも言及されていたと記憶する。車谷長吉の例を挙げるまでもなく、モデル小説やメタ小説という分野には常に他人を傷つけてしまうリスクがあり、最悪の場合、訴訟問題に発展してしまうこともある。かつて小島信夫の周辺でも個人レベルのイザコザがあったそうだが、堀江氏は「登場人物として作中に描かれるのは、こんな感覚なのか」と、いたく感動したという。

堀江氏の講演は進む。「5分間の立ち話」から月日は流れ、いよいよ1対1での対談が実現することになり、小島氏の地元である国立の鰻屋がその対談場所に指定された。堀江氏はタクシーに乗り、目的地を目指すも、運転手から「行きにくいところだからここから歩いて行け」と言われ、車から降ろされてしまう。ようやく鰻屋に辿り着き、対談がスタートした。対談を終えてから食事という流れが通例なのだが、小島氏の希望で食べながら対談ということになった。フルコースである。小島氏はとにかくよく食べ、よく飲む。堀江氏も負けじと頑張るがとても追いつけない。そのようなハイペースゆえ、1時間と経たないうちに小島氏には酔いが回り、まともに喋ることができなくなってしまった。雑誌の対談コーナーを埋めるには尺が足りない。小島氏いわく「あとはまかせた」。これは換言すれば「言ってないことを書け」ということである。堀江氏は多分にフィクションの要素を書き足し、なんとか原稿を仕上げることができた。

そのときのエピソードを思い出しながら堀江氏は次のように語る。小島氏の「あとはまかせた」も作風である。実は酔いつぶれる前に重要なポイント、対談の本質はしっかりと語り尽くしている。「あとはまかせた」は一見投げやりなセリフのようだが、実は先々まですべて見通しているんじゃないか。つまり、堀江氏がどれほど腐心して原稿をまとめ上げるのか、最終的にどのような記事が完成するのか「試して」いたのかもしれない。そういうコワい部分が小島氏にはあった(このときの対談の模様は雑誌「新潮」2002年5月号に、「われらが『小説』作法」というタイトルで掲載されている)

小島氏は堀江氏に対してアドバイス(のようなもの)を与えている。書くことが浮かばなければ「リアルタイムの出来事」を書いて虚構に入り込ませればいい。例えば、原稿を取りに来た編集者の足音が家の外から聞こえてきたことを書けば、その場で3行くらいは埋まるだろ、と。言うまでもなく、執筆に際して入念な「準備」を行う作家は多い。だが小島信夫はそのような方法をとらなかった。「あらかじめ考えて書けることなんかないんだから」「第1章はコレ、第2章はコレ、という書き方をして君は楽しいか?」

果たして若い読者は小島信夫の「創作の裂け目」を読んでいるのではないか。ここで堀江氏は連作短編集「ハッピネス」に着目する。収録された「モグラのような」という作品(※発表時タイトルは「挨拶」)では、今月は何も書けない、と作者自ら小説に書いてしまった。ここで現実が虚構に入り込んできて、創作の裂け目が生まれている。また「ワラビ狩り」という作品(※発表時タイトルは「ある日、町を出て」)は、やがて変形して「別れる理由」の中の1エピソードとして取り込まれていく。「別れる理由」は12年間に渡って文芸誌に連載された原稿用紙4000枚を超える大長編であり、世界文学史的に見ても稀有な作品のひとつであるが、「ハッピネス」に収録された作品は、短編に収まり切らずにやがて「別れる理由」へと移行するのだが、それは同時に「別れる理由」誕生前夜の初期微動とも言える。

まったく淀むことなく話し続ける堀江氏。次に「季刊藝術」創刊号に掲載されたアメリカ抽象画についてのシンポジウムを引き合いに出す。そこでの小島信夫の発言は「オオキイですよね。その大きさは文学に引き寄せてみるとわからなくもない」といった漠然としたもの。他の参加者がマクロだのミクロだの小難しい話をしているなか、すべて自分のフィールド(文学)の話へ引き寄せて展開させてしまう。文学における拡大・縮小という概念。小島信夫はミクロの事柄を拡大して書く。それ自体はもう抜群に面白い。だけどそこからいったん離れて、少し「引き」で見渡してみると、途端に何が書いてあるのかよくわからない。全体の中でどの位置を示しているのか判断できなくなってしまう。我々が小島信夫の小説を読むたびに何が書かれていたか忘れてしまうのは、この歪んだ「遠近法」が読者を困惑させるからではないだろうか。

しかし、ここで僕はふと思う。小島信夫という作家は常に「ぜんたい」を書こうと試みた作家ではないのか。「引き」で全体を俯瞰したときにわけがわからないのでは、それは作者の意図と反するだろうし、もっと言えば小説として破綻しているのではないだろうか、方法論として間違っているんじゃないか、と。しかし堀江氏は次のように言うのである。「成功したかどうかはわからない。小島さんはそういうやり方で書いただけなのです」。

さらにそのシンポジウムの中で小島氏は「余る」という感覚についても触れているらしい。「最近書きたいと思うことは『余る』ものばかり」「余った部分を余っていないように書くのが小説家の責任というものである」といった発言からは、初期作品からの作風の変化と、創作の裂け目ともいうべき部分が発生していることが読み取れよう。前述の「ハッピネス」と同様、この対談にもやがて来るべき「別れる理由」という地殻変動に向かう兆候が表れている、と堀江氏は分析する。

現在、小島信夫文学賞の選考委員を務めている堀江氏だが、生前の小島氏が「俺が死んだらあいつ(堀江氏)に回せ」と言ったとか言わないとか。堀江氏は「死せる小島、生ける堀江を動かす」と呟き、今回のテーマである「小島信夫の作風」についても、拡大・縮小や遠近法など、これからさらに考えていく必要がある。また、そのように考えさせるのが小島氏の目的なのかもしれない、と結んだ。

※講演の模様は翌日の岐阜新聞に掲載された。
「芥川賞作家・堀江敏幸さん、小島文学の魅力語る」

講演会が終わり、企画室の小島信夫展をじっくり観覧した。ちくま文庫の「チェーホフ全集(5)」の表紙に、小島信夫本人が鉛筆で"秀作"と書き記していた。この文庫に収録されている「廣野」という作品を小島氏は「小説の楽しみ」の中で絶賛している。その他、おびただしい数の付箋や傍線や挟み込まれたメモが鮮烈に印象に残った。小島氏から保坂氏に宛てて出されたハガキ(2004年)が追加展示されていた。どうやら展示開催後に保坂和志氏から提供があったようで、目録には記載がない。「別れる理由」最終回の原稿と封筒を見ると、封筒には鉛筆で宛名が書かれていた。これが12年続いた歴史的大長編のラストシーンの裏側かと思うと、思わず吹き出しそうになってしまう。書見台には生前最後に読んでいたと思われる「同時代」(第3次・第20号)が、そのままの状態で置かれていた。

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